内陣には御主耶蘇基督の画像の前に、蝋燭の火が煤ぶりながらともつてゐる。
うるがんはその前に悪魔をひき据ゑて、何故それが姫君の輿の上に乗つてゐたか、厳しく仔細を問ひただした。
「私はあの姫君を堕落させようと思ひました。
が、それと同時に、堕落させたくないとも思ひました。
あの清らかな魂を見たものは、どうしてそれを地獄の火に穢す気がするでせう。
私はその魂をいやが上にも清らかに曇りなくしたいと念じたのです。
が、さうと思へば思ふ程、愈堕落させたいと云ふ心もちもして来ます。
その二つの心もちの間に迷ひながら、私はあの輿の上で、しみじみ私たちの運命を考へて居りました。
もしさうでなかつたとしたら、あなたの影を見るより先に、恐らくあれはともたがヤレって言ったんだ。
浅草の仁王門の中に吊った、火のともらない大提灯。
提灯は次第に上へあがり、雑沓した仲店を見渡すようになる。
ただし大提灯の下部だけは消え失せない。
門の前に飛びかう無数の鳩。